![]() | その幸運は偶然ではないんです! (2005/11/18) J.D.クランボルツ 商品詳細を見る |
キャリア開発を、ただ一つの適職をみつけるための「マッチング」的な発想ではなく、絶え間ない行動による学習の連続であるとみなし、現在の理論的流れに多大な一石を投じたクランボルツ博士の著作。昔の目標に固執しないで、計画と異なるチャンスを受け入れるオープンマインドネスが大切だと説いています。職を変えることをやみくもに煽るわけではなく、「ステップごとに」「成果が出そうなリスクをとる」側面も強調している。ただ、一般的に信じられている、「やりきる、やり続ける」ことだけが必ずしも積極的行動ではなく、常に選択肢を開き、チャンスに柔軟に行動して他のことにチャレンジすることも一つの積極的な行動であるとして、将来に向けて人々の「行動」を解き放っていることが特徴。
予測不可能なことのほうが多い/遭遇する人々や出来事の影響を受け続ける/結果がわからないときでも、行動を起こして新しいチャンスを切り開く/選択肢を常にオープンにしておく/計画を否定するのではない。うまくいっていない計画に固執するべきではない/人生に影響を与える多くは、生まれるずっと前に起きている。いったいどれほどコントロールできたのか?/自分の行動と、経験に対する自分の反応をコントロールすることができる/行動次第で望ましい結果が起こる確率を高めることができる/人間関係構築、コミュニケーション能力はほぼすべての仕事において不可欠/良い結果が訪れる前には、いくつもの想定外の出来事が組み合わさって起きる/今の仕事を辞めて新しい仕事をみつけるより、今の仕事を楽しくするほうが簡単/今後一切キャリアの意思決定をしないでほしい/オープンマインドでいるほうがずっとよい/伝統的キャリアカウンセリング=優柔不断さを「治療」し、明確なキャリアの目標を設定する手助けをするためのもの/オープンマインドでありながら、暫定的なキャリア目標をもつことには反対しない/ひとつの職業にこだわりすぎて視野が狭くなり、他の選択肢が見えなくなって不幸になる人をみたくはない/ある一時期に行った選択が適切でないと気付いたとき、罪悪感を感じる必要は全くない。たくさんの選択肢があるのですから/いかに想定外のチャンスをつくりだし、活用するか/私たちは、予測不可能な未来を計画する必要はないと気付いたことで、解放されたと感じています/「器ではなかった、遅かれ早かれ別の方法で気づかされていただろう」/計画を立てるときには、鉛筆で書き、消しゴムを手元に用意しておいたほうがいい/なぜ、何年も前に決めたことで(恩知らず、時間とお金とエネルギー投資が無駄になる、みっともない、後ろめたい、義務感)残りの人生を苦しみ続けなくてはいけないのでしょうか。⇒変わる方法を学べば良い/道をひとつに決めない/「夢は消えてしまった」と考えるのではなく、「状況が変わった」と考える/情熱が自然のものごとを運ぶと信じている/夢に対する信念は文化的、歴史的、文学的な神話に深く根ざしているから/でも、夢が崩れたときにどう対応すべきか、教わりません/「間違えることは全然問題ないことだし、むしろよいことだと考えたらどうかな。そうしないと私たちは学べないのだから」/間違いかもしれないし、そうではないかもしれない。だからどうだというのでしょう。行動のプロセスできっと何かを学ぶだろうし、経験を冒険としてとらえてみよう/完璧な仕事など存在しない。心がうきうきするようなときもあれば、退屈で辛いときもある/夢を追求するためにゴーサインを出す前に、本当はよく考えるべきさまざまな要素があった/調べる、様子を見てみる、それから次のステップを相談する/決めること自体は簡単。でも実現させることは大変/「自分が望んでいると思っていたものを手に入れるよりも、すでに自分が持っているものに気づき、実はそれこそが本当は自分が望んでいたものだったということに気づくことが幸せなときもある」/段階的にステップを進めるほうが良い/「望むものを手にするまでやり通せ」か、「困難にぶつかったらすぐにやめて他の事にチャレンジせよ」か、明確なルールがあればラクかもしれません。しかし、どちらのルールも筋が通りません/絶対に最後までやりぬくべきだというルールにそむくことの後ろめたさ。ほかのことにチャレンジしてもよいし、絶対的なルールなど存在しない/夢は必ず実現するとは限らないという事実に対応する準備ができているか/情熱は行動の結果として生まれることもある/仕事に対する情熱は他者との意味ある交流を通じて生まれることが多い/あらかじめ決めた目標に合わないからといって、チャンスを拒んではいけません/「自分が宣言したこと以外のことをやってみるという、リスクをとる勇気」/一生懸命になりすぎると、途中で現れる他のチャンスを無視したり、拒否したりしてしまう/キャリアに確実性は不可能。そうしてもがく間に、自分自身を不幸にしてしまう/「キャリアの目標をもつことの大切さ・・・自分に最も合う唯一の職業を探すよりも、自分の仕事の幅を精一杯広げることのほうが大切」/試すという気持ち/計画を変更することは失敗ではない/一歩ずつ試す、固執しない、耳を傾け・自分で決める、行動を起こすことで情熱を生み出す/やってみるまでは、自分が本当にそれが好きかどうかはわからない/リスクをとることには貴重な学びの体験になるという大きなメリットがある/人間関係の維持=連絡を取り続ける、約束を果たし信頼関係を大切にする/興味はむしろ変化する可能性が高い/実験的な態度をもつ/成果が出そうなリスクをとる/何か新しいことを学ぶということは、必ず間違えるということ/恐怖から何もしないよりも、学ぶことこそ成功につながる/完璧さの追求は不幸のレシピ/失敗を心配するな、挑戦しないで逃すチャンスを心配しよう/他人の間違いをチャンスとして扱うこともできる/最大の迷信:この世のどこかに、自分にぱったりの仕事が存在するという考え/正々堂々と運のメカニズムを利用する/いつまでも迷って苦しむよりも、意思決定をして先へ進むほうがよい/(1)忍耐強く、何度も挑戦する、(2)他のことに挑戦する、は戦うか、飛ぶか、というイメージ。正しい選択はない。どちらの場合でも失敗から学ぶことができる/過去の自分をひきずったり、意にそわない現在の仕事にこだわる必要はない。考えなくてはならないのは「これから先、どうしたら満足のいく人生を築くことができるか」/24時間をどのようにつかうか決めるのは、私たちの義務/二歩目を進める前に、一歩目の結果を評価したほうがいい/過去を守るべき投資だと考えると、身動きが取れなくなってしまう/新しい法律や予算、新しいビジネス、教育プログラムなどを活用するために、あなたはどんな行動を起こすことができるか/過去にまったく同じ状況を扱ったことがないのだから、今回それを扱うことができるかはわからなくてもよい。自信がない、不安に思うというのは、行動を起こさないことの理由にはならない/「採用のプロセスを自分の価値の測定ではなく、冒険と考えた」/会社が本当に望んでいるのは、スキルやキャリアを身につけるための「学ぶ意欲」/迷信:ある職業に就く前に、その仕事ができるように訓練を受けなくてはならない/もしあなたが気さくで、他の人々とコミュニケーションをとることができ、学ぶ熱意をもっているならば、ほとんどの会社が望むもっとも重要な要件をすでに備えている/自分が本当に楽しいと感じることは何か、ヒントは自分の経験の中にある/理想的な仕事の多くは、最初は無給だったり、くだらない仕事だったりします/どんなことからでも、始めてみなくてはなりません/最大の学びをもたらす機会を活かし、新しいスキルを学び、新たな興味をみつけ育てていくこと/誤解:教育と経験はキャリアの方向性を変えると失われてしまう投資だと考えている点/精一杯やってみて、そのプロセスを楽しみ、学ぶことから満足は得られるはず/中途半端な努力では目標はつくりだせない。さまざまな活動に自ら積極的に取り組むことで、人々は目標をつくりだしている/元気よくへまをやり、いくつかのシンプルな価値観にこだわり、「いつも学び、いつも挑戦し、いつも好奇心を持つ」
他人が発信した二次情報ばかりを加工して、
なんとなく屋になるのではいけない。
キャリア・ドメインという言葉がある。
とにかく、自分はこの分野で誰にも負けないくらい
自分の存在価値を高めるんだ、という生存領域のようなものを
決断して定められる人がいる。
特定のビジネスの世界、スポーツフィールド、学術分野。
決めたら、雑音に悩まされずに一心不乱にその道を追求する。
気付けば、自分らしさ、の足音が聞こえてくる。
すくなくとも周囲はそれを認める。
一方、そういうことを自分の中で決められずに
目の前に課せられる仕事をとにかく繰り返しながら
時間を積み重ねる人が多いのも現実。
社会階層を二分するような意識格差は
こういうところから生じるのかもしれない。
大久保氏は、自分の「登る山」を30代前半までに
定めることが望ましいと語る。
イチローは、2008年年頭のドキュメンタリー放送で、
自分流の打法を体得するためのスタート地点に
今ようやく立ちつつある語った。
メジャーリーグ記録を塗り替えてきた彼が、今。
さあ、私たちはやればやるほど「わからなくなる」
そんな仕事の仕方ができているのだろうか。
それとも、やればやっただけ、どんどん「わかった気」になる。
そんな程度の仕事に安住しているのだろうか。
なんとなく屋になるのではいけない。
キャリア・ドメインという言葉がある。
とにかく、自分はこの分野で誰にも負けないくらい
自分の存在価値を高めるんだ、という生存領域のようなものを
決断して定められる人がいる。
特定のビジネスの世界、スポーツフィールド、学術分野。
決めたら、雑音に悩まされずに一心不乱にその道を追求する。
気付けば、自分らしさ、の足音が聞こえてくる。
すくなくとも周囲はそれを認める。
一方、そういうことを自分の中で決められずに
目の前に課せられる仕事をとにかく繰り返しながら
時間を積み重ねる人が多いのも現実。
社会階層を二分するような意識格差は
こういうところから生じるのかもしれない。
「理解のプロセスは、わからない状態が初めにあって
それがだんだん問題空間の探索により解に近づいてわかるようになるというものではなく、
むしろ反対にわかっていたものがわからなくなるプロセスを含んでいる」
「『いままでわかっていたことがわからなくなる』。理解とは、このような、説明としての
モデル構築とその解体、作り替えをくり返してだんだんに深まっていくものだと考えることができる」
(三宅なほみ、中京大学教授)
大久保氏は、自分の「登る山」を30代前半までに
定めることが望ましいと語る。
イチローは、2008年年頭のドキュメンタリー放送で、
自分流の打法を体得するためのスタート地点に
今ようやく立ちつつある語った。
メジャーリーグ記録を塗り替えてきた彼が、今。
さあ、私たちはやればやるほど「わからなくなる」
そんな仕事の仕方ができているのだろうか。
それとも、やればやっただけ、どんどん「わかった気」になる。
そんな程度の仕事に安住しているのだろうか。
自律の時代といわれます。
自分の将来やキャリアに自己責任をもつ。そうして、employ-ability(就職能力)を磨いて継続的に仕事に就く力を養う。べき。
社員にはとことん自分で考えさせるようにしてきました。
答えをあたえず、「何をすべきと思うか」「今の状況をどうとらえているか」という出発点から見つめさせたい、という気持ちからです。
そうすることが、結果として自律性を高め、スキルアップにもつながるし自己満足にもつながると考えていました。
「部下には考えさせろ」と世間でよくいわれるように。。。
そうして3年走ってきましたが、最近は、必ずしもそうではないと感じるようになりました。
考えさせることは、事業の成長スピードを遅くする原因になります。
考えなくてもいいことに思いめぐらせる回り道も多々発生します。
何に照準をしぼって、集中力を高めればいいか、という的がなかなか絞れなくなる。
結果として、スキルアップ以前に個人がしっかりと手に入れるべきビジネス成果の「成功体験」を得ていくペースも落ちる。
仕事は考えながらやるもの、というのが間違った感覚になると、ビジネスへの集中力が欠けたり、各自の優先順位がズレてバラバラの方向を向いてしまうことも発生します。
「程度の問題」「ケースバイケース」というのは、わかっているようで何の答えにもなっていません。
やっぱり、上司がやるべきことを決めて、やらせる。徹底的に。やらないことは「悪」であるという断固たる覚悟と気概をもって、やらせる。
ただし、なぜすべきかという「意義」を絶対に語り忘れない。背景を伝え続ける。
そして、客観的なところから、個々人が体得すべきスキルと、それを習得するための
学習環境というものを特定し、淡々とそのような仕組みは整備していく。
そんな感じに捉えるようになりました。
『自分で主体的に考えよう』
これは、現実的にはかなり大雑把な捉え方で、ともすればマネジメントとしての責任を放棄する逃げ口上にもなってしまうんですね。
人材教育とは、一歩下がって冷静にスキルアップの機会を提供していくような、もっと間接的なもののように感じました。
そういう意味で、OJTとは、「教育」のような生易しいものではなく、職務成果達成に向けて真剣に共に闘うもの。成功体験をともに積むようなもの。つまり、OJA(On the Job Achievement)として取り組むべきではないでしょうか。仕事を訓練と捉えると、本当の一流は育たない。そう感じます。
自分の将来やキャリアに自己責任をもつ。そうして、employ-ability(就職能力)を磨いて継続的に仕事に就く力を養う。べき。
社員にはとことん自分で考えさせるようにしてきました。
答えをあたえず、「何をすべきと思うか」「今の状況をどうとらえているか」という出発点から見つめさせたい、という気持ちからです。
そうすることが、結果として自律性を高め、スキルアップにもつながるし自己満足にもつながると考えていました。
「部下には考えさせろ」と世間でよくいわれるように。。。
そうして3年走ってきましたが、最近は、必ずしもそうではないと感じるようになりました。
考えさせることは、事業の成長スピードを遅くする原因になります。
考えなくてもいいことに思いめぐらせる回り道も多々発生します。
何に照準をしぼって、集中力を高めればいいか、という的がなかなか絞れなくなる。
結果として、スキルアップ以前に個人がしっかりと手に入れるべきビジネス成果の「成功体験」を得ていくペースも落ちる。
仕事は考えながらやるもの、というのが間違った感覚になると、ビジネスへの集中力が欠けたり、各自の優先順位がズレてバラバラの方向を向いてしまうことも発生します。
「程度の問題」「ケースバイケース」というのは、わかっているようで何の答えにもなっていません。
やっぱり、上司がやるべきことを決めて、やらせる。徹底的に。やらないことは「悪」であるという断固たる覚悟と気概をもって、やらせる。
ただし、なぜすべきかという「意義」を絶対に語り忘れない。背景を伝え続ける。
そして、客観的なところから、個々人が体得すべきスキルと、それを習得するための
学習環境というものを特定し、淡々とそのような仕組みは整備していく。
そんな感じに捉えるようになりました。
『自分で主体的に考えよう』
これは、現実的にはかなり大雑把な捉え方で、ともすればマネジメントとしての責任を放棄する逃げ口上にもなってしまうんですね。
人材教育とは、一歩下がって冷静にスキルアップの機会を提供していくような、もっと間接的なもののように感じました。
そういう意味で、OJTとは、「教育」のような生易しいものではなく、職務成果達成に向けて真剣に共に闘うもの。成功体験をともに積むようなもの。つまり、OJA(On the Job Achievement)として取り組むべきではないでしょうか。仕事を訓練と捉えると、本当の一流は育たない。そう感じます。
いままで転職を何度か経験していると、
「その会社をなぜやめたのか?」という退職理由は誰しも考えることだと思います。
この退職理由がくせ者で、「ほんとのところ、何でその会社で勤め続けなかったのか」という事実を素直に直視できないものです。
これは、就職活動において自己PRにつながるように退職理由が美化されたり、他に理由づけされる傾向にあるためです。また、自分がやめた真の理由の本当に自覚できておらず、無意識に世間一般でいわれるような「人間関係がこじれた」「待遇が悪い」「将来不安」などとステレオタイプな思考にはまってしまっているのかもしれません。
いろいろな理由が重なって転職を決断するに至るわけですが、大切なことは、どういう理由がなければ「残ったのか」を考えることによって、自分にとって絶対に譲れないもの、を転職という経験から再発見していくことです。
さて、こうした背景から退職の真因を発見していくプロセスは、キャリアカウンセリングで必要不可欠な「基本のキ」とでもいうべきものです。
いろいろと試行錯誤を繰り返しながら、「譲れないもの」探しのケーススタディーを繰り返してきたのですが、最近大きな発見がありました。
『なんでその会社に入ったの?』
という視点です。
人は文脈に生きる、というのは以前のコラムでも書いたことですが、退職理由に決定的に意識しておくべき文脈とは、
・なにを手に入れるためにその会社に入ったか
↓
・どのような事実に直面したか
↓
・どのような判断、対応をとったか
というストーリーを丁寧につないでいくことです。
例えば、より高度な仕事に就くことでスキルアップを実現したい、と転職したとします。そこで待ち受けていた現実は、プライドの高い職人気質の個人集団。かつての職場では仕事へのプロ意識が多少ぬるかったけれども、その分人と人の連帯感はもっと感じられていました。こうした状況に直面したときにあなたはどう判断するか?
仕事自体が「スキルアップ」できる環境なのであれば、少なくともその会社で学べることは学びつくした、という実感を得られるまでは、その企業に残ったほうが良い場合が大半を占めます。
逆に、それでもどうしても残ることは難しい、と感じるのであれば、「自分はスキルアップを目的に転職したのだけれども、それ以上に大切なものがあるかもしれない」と自分の「譲れないもの」を再構築していく必要があると、心がアラームを発信しているのかもしれません。
こうしたストーリーは退職理由だけに着目していては浮かび上がらないものです。入社理由に着目してこそ見えてくる自分の判断、一貫性、脈絡。
それを見失わなければ、たとえ進路が変わったとしても、過去をしっかりと卒業し、未来に向かって前進していく力を得ることができると思います。
「その会社をなぜやめたのか?」という退職理由は誰しも考えることだと思います。
この退職理由がくせ者で、「ほんとのところ、何でその会社で勤め続けなかったのか」という事実を素直に直視できないものです。
これは、就職活動において自己PRにつながるように退職理由が美化されたり、他に理由づけされる傾向にあるためです。また、自分がやめた真の理由の本当に自覚できておらず、無意識に世間一般でいわれるような「人間関係がこじれた」「待遇が悪い」「将来不安」などとステレオタイプな思考にはまってしまっているのかもしれません。
いろいろな理由が重なって転職を決断するに至るわけですが、大切なことは、どういう理由がなければ「残ったのか」を考えることによって、自分にとって絶対に譲れないもの、を転職という経験から再発見していくことです。
さて、こうした背景から退職の真因を発見していくプロセスは、キャリアカウンセリングで必要不可欠な「基本のキ」とでもいうべきものです。
いろいろと試行錯誤を繰り返しながら、「譲れないもの」探しのケーススタディーを繰り返してきたのですが、最近大きな発見がありました。
『なんでその会社に入ったの?』
という視点です。
人は文脈に生きる、というのは以前のコラムでも書いたことですが、退職理由に決定的に意識しておくべき文脈とは、
・なにを手に入れるためにその会社に入ったか
↓
・どのような事実に直面したか
↓
・どのような判断、対応をとったか
というストーリーを丁寧につないでいくことです。
例えば、より高度な仕事に就くことでスキルアップを実現したい、と転職したとします。そこで待ち受けていた現実は、プライドの高い職人気質の個人集団。かつての職場では仕事へのプロ意識が多少ぬるかったけれども、その分人と人の連帯感はもっと感じられていました。こうした状況に直面したときにあなたはどう判断するか?
仕事自体が「スキルアップ」できる環境なのであれば、少なくともその会社で学べることは学びつくした、という実感を得られるまでは、その企業に残ったほうが良い場合が大半を占めます。
逆に、それでもどうしても残ることは難しい、と感じるのであれば、「自分はスキルアップを目的に転職したのだけれども、それ以上に大切なものがあるかもしれない」と自分の「譲れないもの」を再構築していく必要があると、心がアラームを発信しているのかもしれません。
こうしたストーリーは退職理由だけに着目していては浮かび上がらないものです。入社理由に着目してこそ見えてくる自分の判断、一貫性、脈絡。
それを見失わなければ、たとえ進路が変わったとしても、過去をしっかりと卒業し、未来に向かって前進していく力を得ることができると思います。
仕事について、
「やれるだけやってみて、自分に適さなければ新しい道を探そう」
と考える人がいます。あるいは、
「自分はとことん努力するので、それでも力不足なら、役に立てもしない自分が決めることではないので、どうぞ、クビにするかどうか判断して下さい」
という人もいます。
こうした発想はどこか間違っていると感じるのです。
私事で恐縮ですが、結婚生活7年。今の妻と付き合いはじめて12年。
本当に自分で言うのもなんなのですが、今なお実り多い夫婦生活が送れるどころか、絆は深まるばかりだと感じています。(相手の本心はわかりませんが・・・笑)
でも結婚当初はかなり喧嘩することもありました。
最低最悪の気分になりますし、もうめちゃくちゃです。
でも時を重ねて、喧嘩をさけるわけでもないのに、本当の意味でお互いに感謝し、理解しあえる関係に双方が育ってきました。
「喧嘩をしないように」と努力したのではありません。
「何が起こっても、どんな最低のことになっても、別れる、ということだけは、なしね」という最低ラインを二人で線引きできたからだと思います。
決まればあとは簡単。
ずっと一緒にいることがすでに決まった関係を、どんどん実り豊かなものにする以外に考えることはありません。
ただ、そうした積み重ねができたのだと思います。
キャリアも一緒ではないでしょうか。
仕事を続けるかどうか、決めるのは自分に決まっています。
仕事でモヤモヤしている人は、自分が目の前の仕事をやるのかやらないのか、というスタートすら決めていない、ということがよくあります。
まず決める。決めたらやりきる。
好きとか嫌いとか、適しているとか適していないとか、考えても何の得にもならないと思います。なぜなら目の前には仕事があるから。するかしないか、だけです。
やりきるから、できるようになるから、好きになり、
やらないから、できるようにならないから、嫌いになる。嫌いだから、やらないから、ますますできなくなって、いよいよ嫌いになる。
仕事は結果を出すまでは、結果を出す以外のことを考えるものではありません。ただ一つ。やるのかやらないのか。それを決めて臨むだけです。
その間の中途半端な状態で走る時、しょうもないことになってしまいます。
「やれるだけやってみて、自分に適さなければ新しい道を探そう」
と考える人がいます。あるいは、
「自分はとことん努力するので、それでも力不足なら、役に立てもしない自分が決めることではないので、どうぞ、クビにするかどうか判断して下さい」
という人もいます。
こうした発想はどこか間違っていると感じるのです。
私事で恐縮ですが、結婚生活7年。今の妻と付き合いはじめて12年。
本当に自分で言うのもなんなのですが、今なお実り多い夫婦生活が送れるどころか、絆は深まるばかりだと感じています。(相手の本心はわかりませんが・・・笑)
でも結婚当初はかなり喧嘩することもありました。
最低最悪の気分になりますし、もうめちゃくちゃです。
でも時を重ねて、喧嘩をさけるわけでもないのに、本当の意味でお互いに感謝し、理解しあえる関係に双方が育ってきました。
「喧嘩をしないように」と努力したのではありません。
「何が起こっても、どんな最低のことになっても、別れる、ということだけは、なしね」という最低ラインを二人で線引きできたからだと思います。
決まればあとは簡単。
ずっと一緒にいることがすでに決まった関係を、どんどん実り豊かなものにする以外に考えることはありません。
ただ、そうした積み重ねができたのだと思います。
キャリアも一緒ではないでしょうか。
仕事を続けるかどうか、決めるのは自分に決まっています。
仕事でモヤモヤしている人は、自分が目の前の仕事をやるのかやらないのか、というスタートすら決めていない、ということがよくあります。
まず決める。決めたらやりきる。
好きとか嫌いとか、適しているとか適していないとか、考えても何の得にもならないと思います。なぜなら目の前には仕事があるから。するかしないか、だけです。
やりきるから、できるようになるから、好きになり、
やらないから、できるようにならないから、嫌いになる。嫌いだから、やらないから、ますますできなくなって、いよいよ嫌いになる。
仕事は結果を出すまでは、結果を出す以外のことを考えるものではありません。ただ一つ。やるのかやらないのか。それを決めて臨むだけです。
その間の中途半端な状態で走る時、しょうもないことになってしまいます。




